日々の掃き溜め

知らない誰かにどうしても伝えたいことをこっそり書いているブログ。

舞台「里見八犬伝」で推しがワンツーフィニッシュした話

先の4月30日、僕は里見八犬伝の夜公演を観劇した。大阪千秋楽だ。
観終わった後の余韻というか衝撃というか、抑え切れない思いがいまだに込みあげてくるので、舞台から数夜開けた今、液晶画面に向かい、わざわざブログを開設してまで文字を打ち込んでいる。

ネタバレは勿論のこと、かなりの長文になることが予想されるので、よほど暇で時間を持て余している、などではない限り読み進めないことをおすすめする。また、舞台関係者の名誉の為にもことわっておくが、決して批判のために記事を書いている訳ではない。僕はこの舞台を本当に楽しめたし、大好きだと胸を張って伝えたい。各SNSで叫ばれている観客のマナーの悪さなどを差し引いたとしても、本当に良い舞台だった。

里見八犬伝を観るまで

僕は南総里見八犬伝の現代語訳された書籍を中学生の頃にいくつか読んでいたものの、当時は周りにその楽しさを共有できる友人もいなかったので、一人で八犬伝の世界に没頭していた。
冒頭の伏姫のくだり、浜路と荘助信乃の青春、信乃と現八が対峙するシーン、小文吾の相撲取り、華やかな毛野、化け猫退治、チートの新兵衛、大角と道節(恥ずかしながらこの二人の印象が残っていないので、本人達には少し申し訳なさを感じている)、一部アレな展開もあるとはいえ勧善懲悪ものの大団円ストーリーが大好きだった。

2017年に入り、里見八犬伝が舞台化されると知った。今までも数多の舞台、ドラマ、映画、マンガなどが発表されていることは知っていたが、今回は僕の推しである和田雅成が犬田小文吾として登壇すると知り、観ることを決めた。
キャストが発表された当初、原作の小文吾と似ても似つかぬ容姿の彼が選ばれたことに動揺こそしたものの、華のある俳優なのでいい感じになるんじゃないかと思う。これはファンの贔屓目だが、衣装つきのビジュアルが公開された時も「なかなかいいんじゃないの」と感じていた。

残念ながらチケットは自力では取れなかったので、フォロワーさんの好意でチケットを用意してもらった。梅田芸術劇場の1階20列目以内下手、程よく全体も見渡せる。自分ではこんな位置は到底引けないだろうから、やはり持つべきは心優しいフォロワーさんである。


開演前にフォロワーさんと合流し、いよいよ客席へ向かう。
メインホールに入ると緞帳は既に上がっており、迫力のあるセットが迎えてくれた。おお、これが梅芸か。全国公演で各地を回る舞台なのか。やはり大規模な舞台は違うなと感動する。


隣に座るフォロワーさんは田丸敦史推しだ。今回は犬村大角を演じるらしい。山﨑賢人君が主演をつとめるので信乃が出ずっぱりなのは当然だが、大角も小文吾も八犬士なのだから立派に活躍することはまず間違いないだろう。そして客席の照明が落ち、いよいよ舞台が始まった。

レンガで殴られ続けるような衝撃の連続

まず原作冒頭の伏姫の自害シーン、あれが丸々はしょられており、信乃が浜路を連れて逃げ、追手に追われるシーンから舞台は始まった。少々驚いたものの、まあ長編作品だし伏姫が省略されるのはしょうがないよな、尺足りなくなるもんなと納得した。

しかしこの信乃、やけに性格ひねくれてるというか爽やかさに欠けるというか、人間離れした好青年感がない。……とその時、信乃が親父殿を斬ってしまう。

ものの5分で軽くパニックに陥る。おかしい、信乃が例え義理の親であったとしても父親を斬り捨てるだろうか。というかそんなシーン原作にあっただろうか。あまりの急展開に、あの時の僕はきっと、何者かに背後からレンガで殴られた被害者の顔をしていたと思う。

逃げる信乃たちの前に荘助が現れる。信乃が荘助に見逃してくれと乞う。俺たちは竹馬の友じゃないかと。
そうそう、信乃にとっての荘助や浜路は、幼い頃からずっと一緒にいた家族同然の存在なんだ。自分の立場に苦しみながらも、きっと荘助は見逃してくれるんだ。荘介はそういう義の男なのだ。

「信乃、お前のことは見逃してやる。ただし、浜路さまは置いていけ

えっ、

「俺だって浜路さまのことを……!!(抜刀)

待って、待ってくれ荘助。

脳内でツッコミが止まらない。再びレンガで殴られたような衝撃をうけながらも、脳内ツッコミをうっかり口に出さなかった自分を誉めてやりたい。
違う、そうじゃない、そうじゃないんだ荘助、何で親友たる信乃に斬りかかってるんだ。え?何事に関しても自分の上位互換な信乃に嫉妬してる??更には浜路さままでって??落ち着けよ荘助、お前は信乃と張り合わなくても充分良い男だよ。心根が優しくて腕もたつ。何より中の人が玉ちゃんだ。もっと自信もてよ、な?

僕の一人(脳内)ツッコミも空しく、仲裁に入った浜路は二人の刃に貫かれて事切れてしまう。そして荘助も信乃に斬られて昏倒する。あああ……。

とはいえ信乃も重傷を負っている。このまま信乃も倒れてしまうのか……おや、信乃が胸を押さえて苦しんでいる。これってまさか…………まさか…………

「……何だこれは!?」

ああ~~~~!!!!玉出た~~~~!!!!(※八犬士の証である玉であって玉ちゃんではない)

この八犬伝ではどうやら八犬士の体の中()から玉が出てくるらしい。息を引き取ったと思われていた荘助もこの直後に息を吹き返し、懐から玉が出てきたので、もしかすると一度死んでからが本番、みたいな設定なのだろうか。
ともあれ信乃と荘助の仲は拗れたまま、二人のそれぞれの旅が始まる。


里見の城下町へたどり着いて間もなく、信乃は女性に扮する毛野と出会う。毛野の優美な立ち振舞いに癒されたのもつかの間、御尋ね者である信乃は追われ、現八と闘うのである。

しかし、闘っている最中、普通に現八の中から玉が出てきてしまう。

またもレンガで殴られる衝撃。現八の体から大きな怪我もないまま玉が出てきたということは、玉が出てくる条件に「八犬士の第一の死」的なものは必要ないということになる。
じゃあ荘助が一度死んだと思ってたのは、実は死にかけていただけでちゃんと生きていた、ということだろうか。まあいずれにせよ、玉ちゃんが無事に生きていたので良かったのだが。

そうして信乃も自分の玉を現八に見せ、自分たちは何らかの同志であるらしい、ということを悟る。その後、自分たち以外にも他に仲間がいるかもしれないと、二人は行動を共にする。


一方、信乃と別離した荘助は丶大法師と犬村大角に出会う。これがフォロワーさんの推しか、なるほど。
大角は弱い者に手を差しのべる心優しい医者だった。……良かった。今まで出てきた八犬士が曲者揃いだったのもあり心から安堵する。荘助も大角さま、と尊敬の念を抱いているようだ。良かった。

すると突然、大角がひどくむせはじめた。口を押さえていた懐紙が、血で赤く濡れている。……えっ、喀血?した、のか?

「障気に体を蝕まれ、あとひと月もつかどうかと言われております」

お前が死にかけてるじゃねーか!!!!!!!!

もはや八犬士を探すどころではない、とんでもない重篤患者である。本人はやる気満々だが、こんな状態で仲間を探すのは流石に無理があるのではないか。というか病んだ民を診る前に自分が診てもらったほうがいい。最優先事項を完全に見誤っている。

しかし荘助は大角のその姿を見て一刻も早く仲間を集めなければと決意を固める。違う、そうじゃない、そうじゃないんだ荘助。もう少し大角を労ってくれたって良いじゃないか、悪と闘う前から大角が満身創痍ってどうなんだ。それに丶大法師だって少しは止めに入ってもいいんじゃないか。

そんな僕の心配をよそに、三人は仲間を探すべく立ち上がる。あああ……行ってしまった……。


その頃信乃は現八とともに犬田村へ逃げ延びていた。そこで二人は和田雅成演じる犬田小文吾と弟の房八、妹のぬいと出会う。房八は八犬士を探して旅をする信乃たちに自分も連れていってくれと願い出るが、兄の小文吾に叱責されてしまう。「俺たちは百姓で、お前はまだ子どもだ」と。

小文吾お前、いつの間に百姓はじめてたんだ。

百姓だったら小文吾だけ帯刀できないじゃないか、だとしたら武器はどうするんだろうか。百姓らしく竹槍か?いやいや、それなら鍬や鋤のほうがそれっぽいんじゃ……いやいや……。
再び脳内ツッコミを繰り広げている間に、八犬士にとっての敵である玉梓の手下が犬田村に火を放った。

「俺たちの村が!!!!」

まさか自分が登場した数分後に自らの村が燃やされるなど、流石の和田雅成も思っていなかったに違いない。
しかしよく通る声である。房八を叱る声も然り、やや早口で捲し立てていても、和田雅成の声は聞き取りやすいのだ。小文吾がメインのシーンなのでここぞとばかりに推しておく。

そして無惨にも犬田村は燃え続け、房八とぬいは玉梓の手下に殺されてしまう。叫ぶ和田雅成。手下に斬られて倒れる和田雅成。房八をかばうように覆い被さる和田雅成。あ、これは荘助たちと同じで一回死ぬパターンだな。ここ辺りで、だんだんレンガで殴られ続けるのも慣れてくる。

そこで意外にも、犬江親兵衛が登場する。彼は圧倒的なチートスペックを持ち合わせつつも、虫の息のぬいにさも当然といったふうにとどめを刺そうとするとんでもないサイコパスだった。原作でも人間離れした存在ではあったが、思わず親兵衛様呼びしてしまうくらいにはクレイジーな人物である。この時はさすがに周りが一斉に親兵衛を止めていた。レンガで殴られ続けた僕のほうがおかしくなってしまったのかと疑い始めていたので安心した。
その後、和田雅成からも無事に玉が出て八犬士の仲間入りをはたす。犬坂毛野と犬山道節以外の6人が事実上揃ったところで、第一幕は終わる。

大角の独白と世襲制

次の幕が開かれるまで約20分の小休憩を挟んだが、この時点で僕はフォロワ―さんが気の毒でならなかった。彼女もまた原作のストーリーを知っていただけに、よもや序盤で推しの余命が1ヶ月と宣告されるとは夢にも思わかなったはずである。まるで末期がん患者の家族を見守っているかのような面持ちだ。
「大角が終演までちゃんと生きられますように」
フォロワ―さんのためにも、ひたすらそう願うばかりであった。

いよいよ第二幕がはじまる。本来の男の姿に戻った毛野と信乃が再会し、丶大法師率いる八犬士たちと合流する。ここでお互いが八犬士だということを知り、揉める信乃と荘助だったが、なんやかんや周囲になだめられて渋々行動を共にする。
ここで残る八犬士は忠の玉を持つ者ただ一人となった。するとここで、大角による突然の独白が始まる。

「医者などと名乗っておったが、昔は盗賊をやっておってな……」

待って。

待ってくれ。そんな風にお見合いの席で「生け花などを嗜んでおりまして」って良物件アピールするみたいなノリで告白しないでくれ。
殴られ続けてそろそろ血液が足りない。もしかしたら隣に座るフォロワ―さんは血の流しすぎでもう意識を失っているかもしれない。そう思うと怖くて横を向くことができない。

大角の独白が終わり、伏姫の精によるレクチャーがひととおり済んだあと、犬山道節が現れる。道節は第一幕で玉梓と手を組んでいたため敵方として登場していた。しかしそれは、妻子である自分や自分の母を捨て置き、八犬士を探し求め旅に出た父、丶大法師に復讐するためだったのだ。
緊迫した空気が流れる中、親子の真剣勝負が始まる。しかし、最終的に丶大法師は息子の刃を逃げることなく受け止め、斬り倒されてしまう。
震える声で、何故避けなかったのかと道雪が詰問する。本当は道節も父を斬りたくなどなかったのだ。
死の間際でかつての父と子に戻る二人。最後の力を振り絞り、丶大法師が懐から何かを取り出し息子に託した。

「……ずっと、この玉を受け継いでくれる者を探しておった。」

忠の玉持ってたのオッサンやったんか~~~~~~~~い!!!!!!!!!!!!!

玉って世襲OKなのか、そういうものなのか。というかそもそも信乃と毛野が合流した時点で八犬士全員揃っとるやないか。
大角なんてもうここで絶望してたんじゃないだろうかと思う。余命が限られている中であと一人を探さなければならないという時、側にいるおじさんが突然「実は持ってました~」と玉を出し始めたら、それはもう、なんとも言えないやるせなさに襲われていたに違いない。もしかしたら丶大法師をレンガで殴りたい衝動に駆られていたかもしれない。
ともあれ丶大法師の最期を見届けたのち、一行は玉梓を倒すべく立ち上がる。

そして推しのワンツーフィニッシュへ

遂にこの時が来た。八犬士が玉梓一味を倒すべく立ち上がったのだ。
しかし厄介なことに、玉梓は妖術を用いて死者を甦らせて配下に置くため、玉梓の意のままに何度でも立ち上がる、不老不死の軍を作り上げている。一筋縄ではいかない。敵が一向に減らないまま、ゆっくりと玉梓のアジトの城門が閉まっていく。

すると、大角が一人城門の外に残り、敵を蹴散らしはじめた。
「皆は先に行け!ここは俺が止める!!」

あああ……そのセリフを言っちゃ駄目だ……。そのセリフは言ってしまったが最後、どんな状況でも死亡フラグが立ってしまう呪いのセリフなのだ。続けて大角は敵に向かって「誰ひとり行かせはしない!」と言い放つ。それも言っちゃ駄目なやつだ。
隣で座るフォロワ―さんがどんな表情をしているかなど、もう見れるはずもない。だってさっきからずっと横で震えているのが分かるのだから。

頼む、頼むからこの場は何としてもしのぎ、皆と合流してくれ大角。這ってでも生き延びてくれ。そうでもないと、お前が元盗賊の自称医者(余命1ヶ月)のまま、八犬士の中で一番に死んでしまうなんてあまりにフォロワ―さんが不憫すぎる。
しかし僕の必死の念もむなしく、大角は何度も斬りつけられ、その生涯を終えるのである。あああ……怖くて横を向けない。

死の間際、おそらく走馬灯のようなものであると思われるが、再び大角の独白が始まった。自分は数多くの者を傷つけ、そしてわずかばかりの命も救うことができなかった。自分は礼をもって人に接することが果たしてできていたのだろうか、と。

「……俺には、分からない……。」

ああああああああああああああああああ
誇りを持って討ち死にしたならまだしも、こんなにも虚しさを抱えたまま逝かせてしまうのか。そんなことがあっていいのか。いくらなんでもこれは、これは、あんまりなのではないだろうか。

その後、大角を失った一行は敵をなぎ倒しながら更に奥へと進んでいく。その際下手側の客席通路、つまり僕たちの前を通っていった。和田雅成が僕の前を通った。でも僕は素直に喜ぶことができなかった。なぜなら、その一行の中に大角の姿がもうなかったからである。大角が逝ってしまったという事実が、僕に重くのしかかる。


しかし舞台は無情にも、大角の無念をよそに物語を紡ぎつづける。城内に入った一行はまたも敵に囲まれる。激しい白刃戦のなか、突然小文吾が血相を変えて叫び、仲間を置いて突っ込んでいく。

「弟たちの仇!!!!!!」

ああああああああああ~~~~~~~~もう駄目だ~~~~~~~~~~~~~
もう駄目だ……
大角に続いて小文吾も完全に死亡フラグが立ってしまった。もう駄目だ。
まさか僕たちの推しが続けざまにフィニッシュするなんて誰が想像できただろうか。

全身から力が抜けてしまい、手に力が入らない。この感覚は覚えがある。そう、確か大怪我を負った時がこんな感じだった。自分がどんな状況に置かれているか理解できていないから痛みはまったく感じないのに、体は怪我しているからうまく動かせない、あの感覚に似ている。

まだ目の前で壮絶な戦いが繰り広げられているにも関わらず、僕はここで犬田小文吾の死を悟ってしまう。
時に兄として、時に親として弟妹を見守ってきた小文吾。家族を愛し、家族の為に戦う小文吾。そんな彼を和田雅成が演じてくれて本当に良かった。今までなかなか演者としての君を素直に評価できずにいたが、僕と同じ関西出身で年の近い君が活躍する姿に憧れていて、君みたいな人間になりたいと思っていただけなのだ。そんな和田雅成が獅子奮迅の働きをみせ、犬田小文吾として幾度目かの生涯を終えること、本当に誇りに思う。いくら感謝してもしきれないほどの感動をありがとう。そして君がこれからも沢山の舞台で輝き続けることを、大勢の人を幸せにしてくれるであろうことを、僕は願ってやまない。

この戦いもじきに決着がつくだろう。小文吾も幾度となく斬りつけられ、最期が近いのは明白である。せめてその最後の一振りを、弟妹の思いをのせて、振り下ろしてほしい。

ひとつ言いそびれていたが、この舞台での小文吾は百姓設定のため、刀は佩いていない。代わりに武器として使用しているのが、両手に握られた二本の斧であった。確かに、鍬や鋤に比べて見栄えも良いし、竹槍ほど安直でもない。対峙している敵は二人組であるが、対する小文吾も(斧を刀と表現して良いのかは分からないが)二刀使いのため、構図的にも問題ない。
つまり、今にも差し違えようとしているこの瞬間、小文吾は自らの斧で二人同時に倒すのだ。

自分を刺し貫いた敵二人に向かって渾身の一振り。和田雅成の絶叫。重い一撃を受けた敵はどちらも昏倒する。
なおも立ち上がろうとする二人にもう一振り。更にもう一振り。
最後の足掻きをみせる敵をねじ伏せるように留めの一振り。

……結構容赦ないな??

一撃目以降、敵はばたばたともがいていたものの、彼らは小文吾に一撃も与えられていない。つまり、二回、三回、四回とつづけざまに二本の斧で敵を殴り殺しているのである。まさに撲殺天使マサナリちゃんここに爆誕である。

ぴぴるぴるぴるぴぴるぴー♪

さっきはあんなに感傷的なムードだったのに……いやこの瞬間にドクロちゃんを思い出してしまった僕が一番悪いんだが。自分の妄想で舞台に水を差してしまっては本末転倒である。
でも和田雅成ががむしゃらに斧をふるう姿に、僕はどうしても撲殺天使ドクロちゃんを重ねずにはいられなかった。まともに視聴したことすらないのに、である。
この日ほどオタクである自分を恨んだこともそうそうないだろう。つらい。

そもそもこの舞台において、小文吾は殺された弟妹のために、自らの命を犠牲にしてまでその復讐を果たす、という描写しかされていないのである。これではこの舞台で初めて和田雅成を観る方にはただの「復讐お兄さん」と映ってしまうのではないか。非常に不安だ。
それに小文吾は本来であれば見せ場が沢山ある上に設定大盛りのキャラクターなのだ。その上尻には牡丹の痣が…………痣?

そういえば牡丹の痣も一切言及ないな!?

和田雅成の尻を晒すのが事務所的にNGだったのか、それとも尺の都合上そこまでやってられないのか僕には知る由もない。でも和田雅成の尻を拝見したところで妙な罪悪感と女性陣の黄色い声で満たされることは必至なので、ある意味拝めずに済んで良かったのかもしれない。


かくして僕とフォロワ―さんは、自分たちの推しを見事にワンツーフィニッシュで失うのである。しかも余命一ヶ月の医者(元盗賊)と撲殺天使マサナリちゃんという形でだ(後者は確実に自業自得だが)。

この後も現八、道節、荘助、親兵衛、毛野と、信乃に思いを託して次々に死んでいく。それぞれの思いが信乃の孝の玉に宿り、ひいては玉梓を倒す力となるのだが、申し訳ないことにこの時は大角と小文吾のことがあまりにショックだったので詳しくは覚えていない。舞台の、役の上での死にここまで衝撃を受けるとは思っていなかった。これを打っている今でさえ、思い返すと心が痛む。


結論から言うと、最後に一人残った信乃は八犬士の思いがひとつになった霊玉の力により玉梓に勝ち、長かった里見の戦いは幕を閉じる。
その後、信乃は幼い少年少女と出会う。彼らは朽ちた森に苗木を植えているところであり、自分たちが大きくなる頃にはこの一帯を緑豊かな森にしたいと語る。
信乃はそんな彼らに穏やかに微笑み、苗木の傍にこれを埋めてほしいとただ一つ残った自分の玉を差し出す。そうして信乃は、また前を向いて歩みだすのだ。

正直なところ、ストーリー以外にもまだまだツッコみたい点はいくらでもあるし、挙げだしたらキリがない。それでも、本当にこの舞台が観られて良かったと思っているし、確実に僕の糧になっていると確信している。
確かに原作ファンは意義を唱えるかもしれない。マナーのなってない僕たちの仲間に憤りを覚えるかもしれない。それでも、舞台セット・照明・音響・その他特殊な演出や、何より役者たちの情熱に僕たちは圧倒され、感動させられたのだ。
大阪千秋楽はほぼこの長期間つづく公演の折り返しにあたるらしいと山﨑賢人君も言っていた。まだまだ、彼らの物語は続いていくのである。


闘い、散っていった彼らが死を迎えた後どうあったのか。里見は、信乃はどうなったのか。これから八犬伝を観る予定がある方は、ぜひその答えを確かめに行ってもらいたい。

そして、例え舞台にレンガで殴られ続けようとも、推しがワンツーフィニッシュを決めたとしても、この面白さは得難いものなのであるということを、感じていただきたいのである。